音読の効果

声を出して読めばそれで良いの?

キャプチャ

勉強の基本は「理解」と「記憶」です。

この車の両輪をしっかりと定着させなければ、学習効果は期待できません。

そのための方策として「書く」よりも「声を出して読む」ことが非常に重要であると、私は訴えています。

それでは、ただ単に「声を出して読む」だけで良いのでしょうか?以下、非常に具体的に説明いたします。

一気に全部を読むことは避ける

キャプチャ例えば英語の長文を音読する、といたしましょう。

このとき、ただひたすら順に、声を出して最後まで全部を一気に読み続けても、効果はほとんどありません(もちろん、単に黙読することに比べると、何十倍もの効果はあるのですが)。

なぜならば、ただ単に声を出して読むだけでは、まだまだ刺激が弱く、脳の活性化には足らず、従って「理解」と「記憶」をサポートすることにはならないからなのです。

文章は3行ずつ読み進める ( 困難は分割せよ❢ )

キャプチャ

ここで、次のように行動します。

英文を3行近くまで読んだら、目をつむって、今、読んだばかりの3行近くの英文がきちんと言えるかどうか、確認するのです。

きちんと言えなかったら目を開けて、もう一度その3行近くの該当する英文をしっかり読む。そうしてまた目をつむって、言ってみるのです。

きちんと言えるまで繰り返すのではなく、3回目までにきちんと言えなかったら、次の文へと進みます。そうしてまた3行近くの英文を音読した後、再び目をつむって同じことをするのです。

大切なことは「完璧に憶える」ということでは、実は無いのです。主たる目的は『憶えた、憶えようとした、その瞬間を持ったのだ』という「意識」を持つことなのです。

ではなぜ私が、完璧に憶えなくてはならない、とは言わないのでしょうか?

「憶えよう」と意識したものは、思い出すことが容易である。

キャプチャ人が、今、憶えているものは、決して「憶えている」のではなく、「思い出している」のです。

もちろん、自分の名前や日本語そのものは「完璧に憶えている」のですが、入試においてのそれは「以前に取り組んだ内容を、思い出している」ことが多いのです。

完璧に憶える、という状態になる方が良いに決まっています。

しかし「完璧に憶えなければ思い出せない、というわけではない」という現実を、しっかりと知っておいて下さい。

 

憶えよう、という意識のもとで行ったことは、たとえすぐに忘れ去ったことだとしても、なんとか思い出すことが出来る可能性が高いのです。

思い出せるか否か、これが入試での分水嶺になるわけですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です