難関大 動画添削ネット指導塾 鍛錬場 (たんれんば) 代表講師 柳田成徳 (やなぎだ なりのり) と申します。

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どうぞよろしくお願いいたします。

私のモットーは『模試や定期テスト等の数字をクールに解析し、その一方で受験生の熱いハートに応える』です。

つまり「 Hot and Cool 」なわけです。

そうした学習指導/受験指導を30年間行ってきました。

その成果は直近5年間の大学合格実績にも現れています。

現在、難関大 動画添削ネット指導塾鍛錬場(たんれんば) を運営しています。

【10代】

 

高校生で劣等生に

某地方の中学を卒業後、その地方の進学高校に入学しました。
ただ、その高校は「その地方では」大学進学率が高い、という程度です。
具体的には「3年に2人ほど、東大に合格する」というレベルでした。

高1~高2の夏まで、クラス37人中30~35番、全校生徒360人中で350~360番でした。
まぁ、要するに典型的な「劣等生」だったのです。
数学の定期テストで「零点」を3回とって、追試を何度も受けました。
英語も国語も、赤点をなんどもとってしまいました。
正直、高校合格にホッとしてしまって、まったくヤル気が起きなかったのです。

悪戦苦闘の大学受験

高2生の夏休み、「このままではいけない!」と思い、一念発起して猛勉強を開始しました。
スタートがあまりにも遅れてしまったので、普通に勉強していてはダメだと、直感的に思いました。
そこで「勉強の方法」を徹底的に考えて考えて考え抜きました。
その結果、自分なりの科学的勉強方法を編み出しました。
その「方法論」を、まずは一番出来の悪かった「数学」に適用しました。
すると、高3生の秋には全国模試で偏差値108を獲得し、全国で1番になりました。
「よし!これはいけるぞ!!」と思い、英語と国語にも科学的勉強方法を適用し始めました。
しかしながら時既に遅し・・・浪人することになったのです。

浪人中は数学の成績をキープし、英語と国語を中心に科学的勉強方法を適用していきました。
するとやはり面白いように成績が急上昇したのです。

そうして1年間の浪人を経て、東京の有名大学に入学出来たのです。

【20代】

 

自分の失敗を指導に活かす

大学入学と同時に、経済的に独立しました。
当時はバブル経済真っ盛り・・・。
学生がアルバイト生活をすることが可能な時代だったのです。
そこで早速、大手の予備校で予備校講師として働こうと考えました。

運良く採用試験に合格し、某大手予備校で現役高校生の数学を担当することになりました。
一方、別の大手予備校では、現役高校生の現代文を担当することになりました。
2つの大手予備校で、文系と理系の両方の教科を担当することになったのです。
この経験が非常に役立つことになるのでした。

英語の先生は、もともと英語が好きで、かつ、最初から成績が良かった方が多いようです。
数学の先生も、もともと数学が好きで、かつ、最初から成績が良かった方が多いようです。

しかし私は、どちらも どん底の成績でした。
どん底の成績から懸命に這い上がり、東京の有名大学に合格したのです。
「どのように勉強すれば良いか?」という方法論には、圧倒的な自信がありました。

従いまして、予備校での指導方針には迷いがなく、常に生徒から良い評価を頂いたのです。
毎年毎年、常に科学的勉強方法に工夫を加え続け、その結果、科学的勉強方法は、どんどん進化したのです。

会社員と予備校講師

さて、いよいよ大学を卒業することになりました。
予備校講師のような「第三者の成功を助ける仕事」が私の天職だ、と考えていました。
「よし、『第三者』を大学受験生から一般企業にシフトしよう」私はそう決心しました。
そこでBig8 Consulting:PW.USA ( 当時 / 現在はBig4 PWC ) に就職しました。

ここで予備校の授業は、終了するはずでした。
しかし上記のように、生徒から大変な好評を頂いておりました。
すると予備校サイドから「なんとか続けられないだろうか?」という打診がありました。
幸いなことに外資系企業でしたので、副業に関してはノーコメント。
休日に何をやろうが「どうぞご自由に」というスタイルだったのです。
そこで土日を中心に複数の予備校で、授業を継続させて頂くことができたのです。

複数の予備校で、文系・理系の教科を指導したことが、後々、とても役立ちました。

経営コンサルタント

いよいよ憧れの「経営コンサルタント」がスタートいたしました。
多くのクライアントを担当し、グループで業務改善案を提示する仕事です。
非常に楽しく、とてもやりがいのある仕事でした。

地方で起業

5年後・・・。
「諸般の事情」により、実家に帰らねばならなくなりました。
まだまだ「経営コンサルタント」として一人立ち出来るほどではありません。
ただ大学受験指導は10年以上のキャリアを、その時点で持っておりました。
そしてしっかりと難関大学合格者を多数輩出した、という実績もありました。
そこで「実家のある地元で、学習塾を起業しよう!」と決意したのです。

【30〜40代前半】

 

続々と難関大合格者

31歳でした。
心機一転し、地元で「難関大学受験専門学習塾」を創業いたしました。
経営コンサルティング時代に学んだマーケティング手法を駆使して営業に励みました。
その結果、地元の有名進学校から生徒がどんどん集まってきて、とても真面目な塾になりました。
文系と理系の両方を指導していたことから、大学受験全般を私一人で指導できました。
それは指導そのものに「ブレ」「ムラ」がなく、良質なものにつながったようです。

なによりも人件費がかからず、とても健全な経営ができました。
その結果、初年度から難関大学合格者が出現し、次年度以降の爆発的人気につながりました。

毎年、医学部・東大・一橋大・京大・東工大・早稲田・慶應・上智etc.に合格者が出現しました。
そして毎年、もっと良い指導を、もっと適切な指導を考え、研鑽を続けてきました。

ネット指導開始

数年後・・・。
県外からの問い合わせが徐々に増えてきました。
いくらなんでも県外から、私の塾に通うことは不可能です。
そこでSkypeを用いた遠隔指導を実施しました。
こうして北海道から鹿児島まで、塾生は全国に広まりました。

さらにその数年後のこと・・・。
東京から一本の電話がかかってきたのです。
それは英語の参考書も出しておられる、業界ではとても有名な先生からでした。
「あなたをスカウトしたい。東京の予備校で働きませんか?」
「現在の生活を維持出来るだけの待遇で、お迎えいたします」
その先生は、私のサンプル動画授業をYouTubeでご覧になったのでした。
説得力ある独特な手法と授業の熱意に感動した、とおっしゃって下さいました。

【40代後半〜現在】

 

そして再び東京へ

私は悩みました。
地元での仕事は完全に定着しているし、愛着もあります。
ただ「諸般の事情」は、この時点でクリアされておりました。
そして40歳を超えた時点での、このスカウトです・・・。
ありがたく受け入れてチャレンジするには、おそらく最後の年齢なのでしょう。

私は挑戦することにしました。
再び東京に舞い戻ってきたのです。
「地元の自塾」は 難関大 動画添削ネット指導塾鍛錬場(たんれんば)= としてネット化し、YouTubeSkypeで対応する形にしました。
私が世界のどこにいても、きちんと指導する形を整えたのです。

現在、難関大 動画添削ネット指導塾鍛錬場(たんれんば) にて、受験生の皆さんと格闘しております。その成果は直近5年間の大学合格実績にも現れています。

どうぞよろしくお願いいたします。

鍛錬場が徹底的にサポートします!

難関大 動画添削ネット指導塾 鍛錬場(たんれんば)の指導は、細かなところに手が届く、具体的でわかりやすい指導、と言えます。

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